米国のVCと連携したアクセラレーションプログラムや、官民一体の地域課題型プラットフォームの発足など、スタートアップの支援に力を入れている神戸市。2019年からは都内の「WeWork」に拠点を置くなど、スタートアップの誘致活動も一層強化していく予定だ。
スタートアップ集積については、兵庫県も力を注ぐ。立地するスタートアップに対する賃料などの補助制度は県市が一体となって創設し、日頃から密接な情報交換を行っている。
2019年3月12日、兵庫県主催で「スタートアップエコシステムの実現に向けた挑戦!」をテーマに、豊岡市も加えた3自治体の取り組みを伝えるパネルディスカッションが都内で開催された。
各自治体からスタートアップの誘致や育成を担当する職員が登壇したほか、2019年1月に豊岡市に事業所を開設した株式会社ノヴィータ 小田垣栄司氏、NPO法人コミュニティリンクの中西雅幸氏といった起業家2名もパネルディスカッションに加わった。モデレーターは、以前から神戸市のスタートアップ支援事業にも関わっているSilicon Valley Venture and Innovation LLCの山下哲也氏。
「制度」を超えて、新しい取り組みを進める3自治体
モデレーターの山下氏。会場では、兵庫県の地酒がふるまわれた
モデレーターの山下氏によると、今回登壇した3つの自治体に共通の特徴として挙げられるのは、「制度は変えていくもの」という自治体としては珍しいスタートアップと似た思考法だという。そんな3つの自治体が、それぞれの取り組みを紹介した。
1人目の登壇者は、兵庫県新産業課の上平氏。IT企業やスタートアップの誘致を担当しているという。これまで、コワーキングスペースの開設や起業家への経費助成 などを通じて、事業創造やコミュニティ作りに取り組んできた。
これらの取り組みに一体感を感じてもらうため、今後発信していきたいコンセプトに「Hyogo Startup Ecosystem 」を挙げた。投資家やアクセラレータープログラムだけでなく、地域内外問わず、多様な人・企業・行政が1つの生態系としてつながりあえる場を県として作っていきたいという考えだ。
「兵庫県は阪神淡路大震災も経験し、行政による『公助』の限界を痛感しました。その一方で、震災を通して、一人ひとりが自律的な意思にもとづき、共に助け合うことで、大きな力が生まれることも実感できたのです。そういった経験から、人と人とがつながりあえるような場を作りたいという思いが生まれました」と、上平氏は語る。
兵庫県新産業課の上平健太氏
神戸市からは、企業立地課の吉永が登壇。吉永は、米国の著名ベンチャーキャピタルである500 Startupsと共同でスタートアップの支援を行うアクセラレーションプログラム「500 KOBE ACCELERATOR 」を主催するなど、スタートアップの育成に携わっている。
同プログラムでは、6週間にわたって500 Startupsのグローバルチームや各専門分野のメンターからアドバイスやレクチャーを受ける。2016年からスタートし、2019年で3期目を迎えた。その特徴は、参加の対象を神戸市に拠点を置く企業に限定していないことだ。最も多いのは東京だが、南アフリカやシンガポールなど海外からの参加企業もある。
「500 KOBE ACCELERATORに参加した神戸発の企業が増えることによって、スタートアップの活力があふれる地域という印象を作りたいです。これにより、神戸で学び他県で就職した学生にも、いつか戻ってきてもらいたい。他県と人口を取り合うのではなく、人材や企業のリソースを分けあって、享受できるようにしたいと思っています」と、吉永は語る。
神戸市企業立地課 ITイノベーション専門官の吉永隆之
豊岡市から登壇したのは、UIターン戦略室の若森氏だ。若森氏は、豊岡市の「多様性を受け入れ、支えあうリベラルなまちづくり」を進めるため、職場を切り口としてジェンダーギャップの解消に取り組んでいる。
同市は人口減少という課題に対して、女性にも働きがいがあり、働きやすい職場を増やすという観点から、その推進策の策定や、市内の企業と子育て中の女性のマッチングなどを行っている。
また、劇作家の平田オリザ氏が移住を、劇団青年団が本部機能の移転を決めたことを契機に、「演劇のまち」としての注目も集まっている。もともと豊岡市には、アーティストが滞在しながら創作できる施設「城崎国際アートセンター」が存在しており、平田氏が移住を決めたきっかけもその存在が大きいそうだ。住民も含めて「演劇のまち」への期待が高まっているという。
豊岡市 UIターン戦略室の若森洋崇氏
決め手は「市の助成金」ではなく「人」にあった
続いて、起業家目線から見た3自治体の特徴が紹介された。シェアオフィス兼コワーキングスペース「起業プラザひょうご」を運営する中西氏は、次のように話す。
「新しいことに取り組むうえで、行政と企業のマッチングは課題になりがちです。行政は1年単位で動くので、新しい取り組みのアイデアがあっても、すぐに動けないんですよね。
そのため、熱い思いを持つ行政職員に、どう出会えるがポイントかなと。補助金などの制度があっても、担当職員にやる気がなければ企業側のハートも挫かれてしまうので。そういった点において、今日紹介している3つの自治体は担当者のスピード感が早いと思います」
NPO法人コミュニティリンク代表理事の中西雅幸氏
中西氏が話した行政のスピード感という観点には、デジタルマーケティングのコンサルティングや、システム開発を手がける株式会社ノヴィータの小田垣氏も共感した。
同社は、2018年9月に兵庫県などが進める「ITカリスマ誘致事業」に採択され、事業所を豊岡市内に開設している。事業所開設に当たって、家事や育児をしながら働きたい市内の女性3人を採用したのが特徴だ。1日2~3時間、週1日からといった「超短時間勤務」制度を導入し、主婦や子育て中の人が働きやすい勤務体系をつくっているという。
「決め手は『市』というよりも『人』でしたね。兵庫県も豊岡市も、よい意味で担当者の粘り強さと熱意が半端ないんですよ。職員10名以上の規模で支援いただき、地域の企業につないでくださったりと手厚いサポートを受けました。もちろん中には、スタートアップのスピード感と合わないこともありますが、担当者の熱意と対応の速さが印象的でしたね」
ノヴィータ 代表取締役会長の小田垣栄司氏
神戸に優秀な若者がチャレンジするきっかけを
各自治体の取り組みについて紹介してきた本イベント。最後に、神戸市の吉永が「地方に拠点設置を検討する企業や人に自治体が求めていること」について、次のようにまとめた。
「神戸市にはスタートアップの進出が進んでいますが、優秀な人材が採用できないという声も多く出ています。どの企業も頑張っているので、若い方にはぜひ就職を検討してほしい。
また、企業の方々にはぜひ神戸に拠点を設置をしていただきたいと思っています。神戸市には、高度IT人材の人件費を一人当たり200万、オフィスの賃料を最大半額補助するといった補助金 があります。20以上の大学があり、ここから未来を担う優秀な人材を育てることも可能です」
2019年には、コワーキングスペースとして注目を集める「WeWork」に都内の拠点を置き、神戸市のファンを増やしていくエバンジェリスト(伝道師)を募集 するなど新たな取り組みも始まっている。エバンジェリストは、イベントの開催やコミュニティづくりなどの活動を通して、スタートアップや首都圏にいる人材と神戸市の協業を進める役割だ。
会場となったのは、WeWork東京スクエアガーデン(東京都中央区京橋)
「起業家をはじめとする優秀な若者がチャレンジするきっかけを神戸で手に入れ、世界に雄飛し活躍してほしい」。中長期的な日本全体の成長を考えた、神戸市の人々の思いだ。
挑戦する人が飛躍できるエコシステムでありながら、安心できる居場所になる――。そんな「懐の深いまち」を目指し、神戸市は2019年も新しい取り組みを進めていく。
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